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ホームの中の特集の中の特集2011夏「宇佐観光の最新情報~双葉山生誕100周年・アルゲリッチ植樹・電動自転車」

宇佐観光の最新情報

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69連勝の大横綱双葉山生誕100年 
宇佐神宮と宇佐相撲の歴史

全国八幡神の総本宮として有名な宇佐神宮が鎮座する宇佐市は、相撲の歴史を知る上でも重要な地域です。
 宇佐神宮で最も古く重要な祭礼である放生会の起源は奈良時代まで遡ります。当時日向・大隅地方に勢力をふるっていた隼人が、国づくりに協力せず反乱を起こしました。朝廷がその鎮圧に苦労していた時、八幡神が「自分が行って降伏させよう」と託宣し、抵抗する隼人に対して、傀儡(クグツ・操り人形)の舞などを見せて油断させるなどして打ち負かしました。このクグツ舞の中に神相撲があり、今も福岡県吉冨町の古表神社と中津市三保地区の古要神社に伝わっており、放生会に奉納されていました。
 隼人との戦に勝ったため八幡神は朝廷から崇敬されるようになりましたが、その後の宇佐には病気や飢饉がおこり、隼人の祟りと信じられるようになりました。
 そこで民の苦しみに悩む八幡神は、仏教の力をかりることにしました。その結果、隼人との戦で殺生が原因で生じた災いであるので、隼人の霊がこもる蜷や蛤を和間の海に放つ放生会を行うことにしました。 そのような相撲と縁がある宇佐では、江戸時代に御用木雲右衛門(ごようぼくくもえもん)という名力士が誕生します。御用木は宇佐神宮八摂社の一つ乙咩神社の付近に生まれました。 江戸相撲で三役まで上がり、天下無双の大力士という名声を得ました。当時は宮相撲が盛んであり、御用木も幼少の頃に乙咩神社の宮相撲で活躍したことと思われます。
 他にも、柳ヶ浦地区若宮神社に伝わる珍しい「しいら相撲」の伝統神事や、天津地区の広山神社付近を流れる伊呂波川の「カッパ相撲の話」などが伝えられています。

全国八幡宮総本社・国宝 宇佐神宮 全国八幡宮総本社・国宝 宇佐神宮

双葉山

そして、カッパ相撲の伝承を残す伊呂波川下流の布津部村で産声を上げたのが昭和の大横綱双葉山でした。相撲史上に燦然と輝く69連勝の記録は心・気・体の完成を示すもので、双葉山は「相撲の神様」と称されています。「神相撲」の歴史をもつ宇佐神宮の地に「相撲の神様」が出現したのでした。
 昭和31年、このような相撲の歴史を有する宇佐において、国技である相撲文化の伝承・発展とスポーツによる地域振興を目的に、宇佐神宮境内に常設相撲場を設置し、第1回全国高校相撲宇佐大会(参加24校)が開催されました。また、全国大学選抜相撲宇佐大会も毎年開催されています。
 私たちの祖先は、大きな樹や石などには神が降りると信じて、しめ縄を張って崇めました。人間でこれを張れるのは相撲の横綱だけであり、強さとともに品格が求められます。双葉山の品格を理解する横綱白鵬関を中心に原点に立ち返って双葉山が求めた相撲道を問い直し、大相撲が再生されることを期待します。昨年秋、あと一歩のところで白鵬関の宇佐神宮参拝は実現しませんでした。かつて双葉山が行った土俵入りを奉納して、東日本の復興とともに相撲の隆盛を白鳳関に祈願していただくことを多くの市民は待ち望んでいます。

「イマダ モッケイタリエズ」

         

ある時、思想家・陽明学者の安岡正篤博士との対話中、双葉山は中国古典の「木鶏(もっけい・木で作った鶏)の話」を聞きました。

むかし、闘鶏飼の名人が王に頼まれて鶏を飼うことになった。

(十日ほどして)
王 : もう使えるか
闘鶏飼: 空威張りの最中でだめです

(十日たって督促)
闘鶏飼: まだ駄目です。敵の声や姿に昂奮します

(また、十日もたって督促)
闘鶏飼: まだまだ駄目です。敵を見ると何を此奴がと見下すところがあります。

(さらに、十日もたってようやく)
闘鶏飼: どうにかよろしい。いかなる敵にも無心です。ちょっと見ると木鶏のようです。徳が充実しました。まさに天下無敵です。

安藝ノ海に敗れて70連勝をはばまれた時、双葉山は安岡博士の弟子の友人に「イマダ モッケイタリエズ フタバ」と打電しました。
「木鶏たらんと努力してきたことは事実であったとしても、現実に容易に木鶏たりえない自分であることを、自証せざるをえなかったのです。」と述べています。

『双葉山定次 相撲求道録』より